その日のお昼時、美味しいコーヒーでも飲もうと思って、いつもの店に向かったんだけど――。
アンラッキーって、こういうのを言うのかな。いきなりのどしゃ降りに、なすすべなし。
しかもこういう時に限って、傘を持って来るのを忘れちゃった、ときた。
『水も滴るいい男』って言葉があるみたいだけど……濡れてる当人からすると、楽しくも何ともない、びしょ濡れで気持ち悪いだけ。
しかも、時間を間違えたみたいで、店はまだ開店前。
しょうがないから、どこかで時間でも潰して来ようと思ってたら……店の中で開店の準備をしてたマスターが、言ってくれたんだ。
「不運だったみたいだね。中で、シャワーでも浴びて行ったらどうだい?」ってね。
断る理由なんてどこにもないから、ボクは素直に好意に甘えることにした。
にしても本当、警戒心のない男だよね。
いくら常連だからって気軽に開店前の店に入れて、シャワールームを使わせるなんて。
彼がかつて何をしてたのかを考えたら、別人みたいな変わりようだよ。
きっと彼は、ボクがここに通ってる目的にも、気付いてないんだろうな。
人を疑うって考えを持ち合わせてないのかも。
……長い間、あの場所にいたとは思えないよね。
そんな取り留めもないことを考えながら、シャワールームを出た時だった。
「……今日は、どうしても聞かせていただきたいことがあって、来たんです。構いませんか?」
聞き覚えのある声が、ホールの方から聞こえてきた。
拭いかけの髪もそのままに、ボクは彼女の所へ走って行く。
そして――。
「Wao! ボクに会いに来てくれたんですね、Baby girl!! I’m glad! 嬉しいです!!」
言いながら、彼女――聖 双葉の細い身体を抱きしめようとする。
陽気でオープンで、細かいことにこだわらない――彼女が信じている『カイン』という青年そのままの表情と態度で。
「ちょ、ちょっと――!!」
突然のことに驚いて、一瞬反応が遅れたものの、それでも深くハグされる直前にボクを突き飛ばす反応速度はなかなかのもの。
何とかボクの胸を押しのけながら、彼女は問いかけてくる。
「ど、どうしてカインがここにいるわけ? まだお店、開いてないんでしょ?」
「ハイ。雨に降られちゃって困ってたら、マスターがシャワーを貸してくれたんです」
「そうなんだ……」
そう答える双葉の声音に、寂しげな響きが含まれていた。
その反応に気付かないふりをして、質問を投げかける。
「双葉は、どうしてここに来ましたか? マスターに、何か用事ですか?」
「それは……」
双葉は当惑げな表情になり、言葉を濁す。
すると、それまで沈黙していたマスターが……。
「彼女も、この店を気に入ってくれているみたいでね。よく来てくれるんだ。今日は間違って、開店前に来てしまったようだが」
「……へえ、そうなんですか。じゃあ、ボクと同じね」
笑顔でそう答えるけれど、ボクはマスターの説明なんて全然信じちゃいなかった。
もし彼の言うことが本当なら、双葉が答えを躊躇する理由なんてないはず。
おそらく彼女は、マスターに何か重大な話をする為、あるいは何かを聞かせてもらう為にここに来たのだろう。そしてそれは、他の人間には聞かれたくない話なのだと思う。
話の内容に興味がない訳ではないが――深追いは禁物だ。彼女に正体を悟られてしまっては、元も子もない。
だからボクは、いつもの軽い調子で……。
「OH、どうしました? 双葉。もしかして、雨に降られて風邪引きそうですか? だったらすぐに、シャワーを浴びて身体を温めた方がいいですよ。ほら、早く――」
そう言って、彼女が着ている制服のボレロを脱がせようとすると――。
「べ、別に風邪引きそうになんてなってないってば! っていうか、どさくさにまぎれて制服を脱がせようとしない!!」
いつもの調子で、拒絶されてしまった。
「ン〜、ボク、双葉のことを心配してただけなんですけど……誤解されてるみたいね。悲しいです」
「誤解じゃないってば。あなたの考えてることなんて、お見通しなんだから」
言いながら、ぷいっと顔をそむける双葉に、思わず苦笑が漏れてしまう。
ボクの考えてることなんてお見通し、か。
……本当に見通せてたら、そんなセリフ、絶対に出てこないと思うんだけどね。
キミは本当に素直でカワイイよ、Stupid girl.
(終)
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