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 生涯縁がないだろうと思ってた学校ってものに通い始めてから、早くも二週間が経った頃。
「なるほど。その映画、結構面白そうだな。んじゃ、今度時間がある時にでも観に行ってみるか」
 クラスメートの女の子からかかってきた電話に応えていると――。
「司狼。暇でしたら、買い物に行って来てくれませんか」
 俺の双子の弟・黎明が、ドアを開けるや否やそう言い放った。
「いや、暇じゃねえって。電話中なの、見えねえのか?」
「いいから行って来てください」
 黎明の奴は相変わらずのウルトラ無表情で言い放っただけでなく、俺の手から電話を取り上げて勝手に切ってしまう。
「て、てめえ、何すんだよ!?」
「切らなければ、君は話を聞いてくれませんから。どうせ大した話はしていなかったのですから、構わないでしょう」
「決めつけんじゃねえ! さっきの子は多分、勇気を出して俺に電話してくれたんだぞ! それをいきなりガチャ切りされて、ショック受けてねえと思ってんのか!?」
 大声で怒鳴ると、黎明の奴は面食らった表情になり、困惑した様子で顔を伏せる。
「……申し訳ありません」
 叱られることなんてまるっきり想定していなかったみたいなその反応に、罪悪感を覚え始めてしまう。
 ……そうだよな。こいつはこういう奴なんだ。
 頭は悪くないはずなのにどうしようもないくらい頭が固くて、こう言えば目の前の相手はこういう反応をするだろうって想像ってもんが全然できないんだよな。
 あからさまに狼狽する黎明の表情を見ていると、これ以上こいつを叱りつける気にもなれなくなる。
「……買い物に行けって言ってたよな? 何買ってくればいいんだ?」
「あっ、そうですね。お願いしたいものは――」
 そう言ってポケットからメモを取り出そうとする黎明に、俺はこう切り出す。
「行って来るのは構わねえが、条件がある」
「条件? それは一体……」

「ね、ねえ司狼。私も一緒に来ちゃって、本当によかったの?」
 後ろをついて来る双葉ちゃんが、戸惑いながら尋ねてくる。
「構わねえって。黎明の奴の許可も、ちゃんと取ったしな」
 俺がさっき出した条件――それは、買い物を引き受けるのは構わないが、双葉ちゃんも一緒に連れて行かせてくれってことだった。
 いつもの黎明だったら何があっても許可など出さなかっただろうが、俺に来た電話を勝手に切ったことへの罪悪感もあり、渋々ながら今回の外出に承知してくれた。
 だが双葉ちゃんは、さっきの俺の説明に納得できない様子で……。
「でも……二人共、私にあんまり外出して欲しくないんでしょ? できれば、学校にもあんまり行かせたくないって言ってたくらいだし……」
 沈んだ様子で、そう呟く。
「んー、まあ、黎明の奴はそう思ってるんだろうな」
 表面だけの慰めの言葉をかけたところで意味なんてないだろうと思ったから、正直な答えを口にする。
「『黎明の奴は』ってことは……司狼は、違うの?」
 双葉ちゃんがおずおずと、こちらの本音を推し量るような口調で尋ねてきた。
 この子に会ってから、まだ二週間。
 組織の意思と黎明の意思、そして俺の意思の差異を、まだ見極めきれていない様子だ。
 俺も黎明と同じように、彼女が今までと同じように学校に通うことを反対してるんじゃないかと思っているらしい。
 だけど、俺は――。
「……双葉ちゃんの処遇に関しては、黎明の奴とも散々言い合ったんだが、あいつ、俺の意見なんて聞きゃしねえから」
 肩をすくめ、本心を口にする。
 俺の言葉に、彼女は少しだけ警戒を解いた表情になった。
 そして――。
「だったら……どうして司狼は、黎明の言う通りにしてるの?」
 ためらいながら、そんな問いを投げかけてきた。
 俺は無言のまま、双葉ちゃんから目をそらす。
 なぜあいつと意見を異にしながら、彼の言う通りにしているのか。理由はもちろんあるけれど――。
「……ま、色々事情があってな。なるべく、あいつの望む通りにしてやろうと思ってるんだ」
 それを口にするのは気が咎めて、軽口でごまかしてしまう。
 双葉ちゃんは、納得いかない表情でしばらくの間、俺を見つめていた。
 俺は、そんな彼女の細い手首をつかみ……。
「それより、行こうぜ。こうやって外に出られる機会なんて滅多にないんだ。せっかくだから、たっぷり寄り道して帰らねえとな」
「あっ、ちょ、ちょっと――」
 戸惑ったままの双葉ちゃんの手を引いて、彼女が喜んでくれそうな場所へと連れて行く。

 楽しい時間というのは思いの外、過ぎるのが早いもので、屋敷に着く頃には、時刻は既に夜の九時を回っていた。
 ――当然ながら、台所で俺達の帰りを待ち続けていた黎明の奴にクドクドと説教されたのは、言うまでもない。

(終)



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