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 早朝。
 いつものように、アラームが鳴る10分前に目を覚まして、台所へ向かう。
 廊下の窓からは雲ひとつない青空が見えた。今日も、いい天気になりそうだ。

 ポタージュを作る為、茹でた野菜を裏ごししようとして、ふと気付く。
 ……そういえば、2人分ではなく、3人分の朝食を用意しなければならないのだった。彼女がこの屋敷で暮らし始めて、そろそろ数週間になろうというのに、未だにこういった失敗をしてしまう。
 慌ててもう1個卵を追加し、味付けしようとしたところで――また手が止まる。
 何ということだろう。好き嫌いがあるかどうかを訊くのを、失念していた。
 急いで壁に掛けてある時計を振り返り、時刻を確かめる。
 ……彼女の起床予定時間には、まだ30分ほど早い。
 どうするべきか。塩加減を尋ねる為だけに起こすのも何だし、だからといって、口に合わない物を出してしまうというのも……。
 そんなことを考えつつ、ボウルを抱えたまま立ち往生していると――。

「おっす。相変わらず早いんだな、黎明」
 欠伸を噛み殺すような声が、入り口の方から飛んできた。
「司狼。どうしたんですか? ……君がこんなに早く起きてくるなんて、珍しいですね」
「いや、できれば昼まで寝てたかったんだが……さすがに、女の子との食事に遅れるわけにはいかねえからな」
「……なるほど」
 彼特有の人を食ったような物言いに鼻白みながら、視線を床へと落とすと――。
「で、台所でボウルを抱えながら、何を悩んでるんだ?」
 その言葉に、自然と身がすくむ。
 やましいことをしている訳ではないのに、即答するのはなぜかためらわれた。
 彼はそんな僕を見下ろしながら、愉快げな笑みを浮かべた後……。
「当ててみようか? 双葉ちゃんの為に朝食を作ろうとしてみたけど、食い物の好みを訊いてなかったことを思い出して、途方に暮れてる……ってとこだろ?」
「なっ――!」
 明け透けな物言いに、僕は絶句する。
 だけど彼は、平然とした調子で続けた。
「だったらそこで突っ立ってないで、本人起こして訊きに行けばいいじゃねえか。5分で行って帰って来れるだろ」
「で、ですが彼女は今、就寝中ですし……! わざわざ起こすほどの用事では……」
「わざわざ起こすほどじゃない用事で、立ち往生してたのは誰だよ。いいから、さっさと訊いて来いって――」
 司狼が言い掛けた、その時。
「ふぁああ……おはよう、2人共。何の話してるの?」
 聞き覚えのある――これまた眠そうな声が、サロンの方から聞こえてきた。
 この声は――。
「お、おはようございます、双葉」
 必死に平静を装って朝の挨拶をすると、彼女は笑顔を返してくれる。
「うん、おはよう」
 そう言った後、不思議そうに目を見開き……。
「あれ? 朝ご飯、まだ準備中? 黎明にしては、珍しいね。よかったら、私も手伝おうか?」
「いえ、そういう訳では――。すぐに準備できますから、サロンの方へ行っていてください」
「ん、分かった」
 彼女はそう言いながら、サロンへと戻ろうとする。
 傍らに立っている司狼が、僕の肘をつつきながら、小声で尋ねてくる。
「……味付けの好み、訊いとかなくていいのか?」
 その気の回し方を癪に思わないでもなかったけど……彼の言う通り、本人に訊かなければ始まらないというのも、また事実で。
 僕は、サロンに戻ろうとする双葉を慌てて呼び止める。
「あの――ひとつ、お尋ねしたいことがあるのですが」
「えっ、何?」
 彼女は何の気なしに、こちらを振り返った。
「えっと、その……」
 取るに足らない、些細な問いのはずだ。緊張する必要なんて、どこにもないはず。
 だというのに、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめているのが、どうにも面映く思えて……。
 懸命に気を落ち着かせながら、僕は改めて――その問いを口にする。
「今日の朝食は、キャロットポタージュにしようと思っているのですが、その……お好き、ですか?」
 彼女は、一瞬だけきょとんとした表情になった後、不意に笑顔を浮かべ――。
「うん、大好き!」
 明るい口調で答えてくれた。
 素直そのものの反応を目にして、先程までの緊張が、嘘のように消えてしまっていることに気付く。
「……そうですか、良かった。では、向こうでお待ちください。すぐにお持ちしますから」
「うん、楽しみにしてるね。黎明が作るご飯って、美味しいから」
 彼女は嬉しそうに言ってくれた後、サロンへと向かう。
 『楽しみにしてる』。微笑みと共に向けられたその一言に、どうしてこんなにも胸の奥が温かくなるのか――自分でも、よく分からなかった。
 ただひとつはっきりしているのは――彼女の為に食事を作るという行為に、少なからず楽しさを見出し始めているということ。
 僕は袖口を軽くまくり上げてから、司狼の方を振り返り――。
「さて、それじゃ急いで支度をしますか。手伝ってくれますね? 司狼」
 彼女の為の朝食の準備を再開することにした。
 司狼は小さな欠伸をした後、「OK」と答えてくれた。

(終)



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