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グラズヘイムの一角、秀真機関の手も及ばない地区にそびえる『NEDE』の居城。
その最奥に位置する一室で、窓の外に見える夜空を眺めながら、ぼんやりと思索を巡らせていた時のこと。
「ボス、面白い物を持ってきたよ」
『NEDE』の構成員の1人・エン=ソフが、いつもの無邪気そのものの微笑みを浮かべながら、傍へと駆け寄ってきた。
「そろそろ部屋に戻ろうと思っている。急を要する話でなければ、明日の朝にしろ」
素っ気無く言いながら彼の傍を通り過ぎようとすると、彼は頬を軽く膨らませる仕草をした。
けれどその後、意味深な笑みを浮かべながら――。
「そんなこと言っちゃっていいのかなあ? 例の女の子の写真と資料を持ってきてあげたんだけど。あんまり意地悪言うと、見せてあげないよ?」
その言葉に、我は足を止めて少年の方を振り返る。
「例の娘……だと?」
その反応を目にして、エン=ソフは「ふふっ」と笑ってみせた。
「やっぱり、ボスも気になってたんだ。いいよ、じゃあ特別に見せてあげる」
まるで宝物を披露するように得意げな口振りで言った後、一枚の書類と写真を差し出す。
「この小娘が、フライコールの?」
問う声が、ひとりでに疑念を含んでしまう。
写真の娘の年の頃は、16、7といったところだろうか。ごく普通の女子高生といった風情だ。
この娘が、このグラズヘイムを二分する組織のボスだとは、どうしても思えない。
エン=ソフは机に軽く腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら答える。
「そうみたいだね。ボクは、結構綺麗なお姉ちゃんだと思うんだけど……ボスはどう思う? こういうお姉ちゃん、好き?」
少年は我の顔を覗き込みながら、揶揄を含んだ質問を向けてくる。
我は無言で、目をそらした。この少年の戯れ言には、付き合っていられない。
そんなことよりも、問題は――。
「……この娘は、半綺ではないのだな」
そう、写真に写る彼女の虹彩は、真円の――人間のものだった。
エン=ソフはほつれひとつない銀髪をさらりと揺らしながら、声を低めて呟く。
「そうだよ。ハルが言ってた通り、半綺じゃないみたい。……どういう事なのかな?」
彼の疑問は、もっともだ。
この『NEDE』と同じく、『フライコール』も半綺だけで構成されているはず。ならば、半綺をボスに頂くのが当然のはずだ。それなのに、なぜ……?
「まあ、何事にも例外っていうのはあるものだし、気にしてもしょうがないのかな」
銀髪の少年はそう言いながら、ちらりとこちらを見やる。
だが我は無言のまま、写真を凝視し続けていた。
気に掛かることが、ひとつあった。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって。何か、気になることでもあるの?」
どこで会ったのか、はっきりとは思い出せない。
ただ、物事を疑うことを知らぬかのようなこの瞳や表情には、見覚えがあった。
恐らく、『NEDE』ができるもっと以前に――。
エン=ソフは我の顔をじっと見つめていたが、やがて天井を仰ぎながら漏らす。
「……何か、嫌なことでも思い出した? その片目を失う前のこと、とか」
何気なく向けられた質問のようでもあり、我が心の奥底を探るような鋭さを秘めた問いのようでもあった。
「いや……」
我は顔を上げ、写真の添えられた書類を机の上へと無造作に置く。
「何も、思い出したりはしていない。今更、後ろを振り返るつもりもない」
その言葉に、少年が目を細めて笑うのが見えた。
「そうだよね。多分、そう言ってくれると思った」
今更、思い出しても仕方のないことだ。
我が目的を果たす為に必要のないものは全て、『あの時』に捨て去ったはず。
――今までも、そしてこれからも、我が命は『あの時』の目的を果たす為にある。
ずっと前から胸にあり続けた言葉を今一度反芻しながら、我は再び、物言わぬ夜空の星へと視線を向けた。

(終)



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