……元々、先生は
特別な感情なんて、
抱いてくれてるはずなかったんだ。

先生の優しさに甘えて、
私が勝手に勘違いしちゃってただけ……。

路面にいくつもできた水溜まりを見つめながら、
そんなことを考えていた時だった。

【???】
「……聖?」

背後から、聞き覚えのある声が飛んで来た。
この声は、まさか――。

慌てて後ろを振り返ろうとした瞬間、
その声の主が持っていた傘が
雨水を跳ね上げながら路面へと落ちる。

そして……。

気が付くと――
私は、先生の腕に抱き締められていた。

ひっきりなしに雨が降り注ぐ中、
先生の腕が、冷え切った私の身体をいたわるように
抱いてくれている。

いつも冷静で理性的な
久神先生とは思えない行動に、
私は戸惑ってしまう。

【久神】
「……いつから、待っていた?」

傘を取り落とし、
全身を雨に打たれるのも構わず――
先生は、静かな声音で尋ねてきた。

【双葉】
「3、4時間前から……でしょうか」

そう返事をする間も……
私はまだ、先生に抱き締められていることを
信じきれずにいた。

長時間降り続いた激しい雨に身を打たれ、
全身ずぶ濡れになってしまっていたけど……。

先生の腕の感触が、
降り注ぐ雨の冷たさを忘れさせてくれる。

【久神】
「待ちぼうけを食わされる可能性は、
 想定しなかったのか?
 昨夜、電話でああ言ったはずだが」

【双葉】
「覚悟はしてましたけど……それでも、
 先生なら来てくださるんじゃないかって
 思ってました」

【久神】
「…………馬鹿だな」

冷淡な言葉を口にしつつも――
先生は、私の身体から
腕を離そうとはしない。

先生は今、どういう気持ちでいるんだろう?
この腕は……
どうして私を抱き締めてるんだろう?

不安で、胸の奥が震えた。

先生の気持ちを知りたいと思うと共に……
突き放されることを恐れる気持ちも
生まれてくる。

久神先生にとって私は、
ただの元生徒にしか過ぎないのに。

私の身体を抱き締める腕が優しくて……
つい、甘えたくなってしまう。
都合のいい想像をしてしまいそうになる。

このいたわりや優しさが、
愛情に由来するものではないかと――
錯覚しそうになる。